ブルーズのルーツを語るときにしばしば言及されるのは、W.C.ハンディの『メンフィス・ブルーズ』(1912年)とメイミー・スミスの『クレイジー・ブルーズ』(1920年)です。
『メンフィス・ブルーズ』は、譜面(シートミュージック)として発売され、好評を得て全米に流通した最初のブルーズ曲です。もう一方の『クレイジー・ブルーズ』は、レコーディングされて大ヒットした最初のブルーズ曲ということになっています。19世紀末頃から20世紀初頭のアメリカで、ブルーズは確かに息づいていたのですが、史実としてはっきりと後世に残るのはこの2曲ということです。
大和田俊之『アメリカ音楽史』によると最初に録音された”ブルーズ”をタイトルにした曲は、実は『クレイジー・ブルーズ』ではないのだそうです。実は『メンフィス・ブルーズ』の録音が、1914年と1915年に確認できるらしいのですが、最初に「黒人シンガーが歌って」しかも「大ヒット」をとばしたのが、メイミー・スミスの『クレイジー・ブルーズ』です。タイトルにブルーズを冠する曲がレコードとして全米に流通した、ということで歴史に記されます。
ところで、この2曲を聴いてみると、どちらも現代の感覚からするとブルーズには聞こえません。何というか20世紀初頭のアメリカンポップスという方がイメージとしてはずっと近いです。その少し後、1914年の『セントルイス・ブルーズ』になると現代的なブルーズのイメージにかなり近づきます。マイナー・ブルーズですね。今も昔も一般の多くの人々に受け入れやすいのはマイナーブルーズでしょう。
さて、W.C.ハンディという人について調べるにあたりまずWiki をみつけました。
W.C.ハンディ(1873年1 – 1958年)
アフリカ系アメリカ人の作曲家。牧師の子供として生まれ、クラシック音楽の素養を持ち、コルネット奏者で、バンドマスター。経歴では音楽教師の経験もある。
『セントルイス・ブルーズ』の作曲者として広く知られている。
ハンディは自伝の中で、初めてブルーズを聴いた時のことを振り返っています。ブルーズの歌とギターに強い衝撃を受けたちまち魅了された、と述べています。アフリカ系アメリカ人とはいえ、ある程度の教養を持ち合わせ、どちらかと言えば白人文化に近い感性を持っていたと推測される彼にとって、初めて聴くブルーズは新鮮で強烈な印象を与えたらしいのです。
瘦せこけた一人の黒人がギターを弾き始めた、ぼろを身にまとい靴の先から足がのぞいていた・・・ギターの弦にナイフをこすりつけて演奏していたが・・・その効果は決して忘れることができない。私は彼の歌にもすぐに心を揺さぶられた。
20世紀初頭、黎明期のアメリカ音楽シーンにおけるブルーズが、極めて異質で強いインパクトを持っていた様子を想像できます。一人の作曲家が偶然ブルーズに触れ、それを元に作った曲をシートミュージック(楽譜)として発売し全米に流通させたところから、アメリカ音楽史におけるブルーズが展開していきます。
余談になりますが、W.C.ハンディの『セントルイス・ブルーズ』をPrinceが何かのステージのリハーサルで演奏している、という貴重な映像があったのですが、残念ながら既に削除されていました。リハーサルを勝手に撮影したような代物だったので仕方ないですね。