アフリカ標準リズム
以前の記事で『アフリカ音楽の正体』という音楽人類学の視点からアフリカ音楽を研究した書籍を紹介した。その中で紹介されているのだが、アフリカには「標準リズム」と呼ぶべきリズムパターンがサハラ以南の広域にわたって共有されているのだという。
バックビートとアフリカ標準リズム
アフリカ大陸でもサハラ以南の広大な土地に暮らす数千の部族の間で、共通のリズムパターンを持っている、ということ自体がちょっとした驚きだが、それ以上に興味深いのは、この「アフリカ標準リズム」とラテンのリズムパターンとしてよく知られる「クラーベ」が実は非常によく似ているという指摘だ
下図に示したリズム記法は『アフリカ音楽の正体』で使用されていたもので「ドット記法」と呼ぶらしい。ここではドット一つを8分音符として捉え、アフリカ標準は8分の12拍子(ドット12個)、クラーベは4分の4拍子(ドット16個)のパターンでリズムが表されている。

アフリカ標準パターンは3拍子系の8分の12で、クラーベは4拍子系なのだが、ドット記法の1小節の長さを等しく調整して上のように整理して並べてみると、なるほど非常によく似たリズムパターンであることがわかる。
アフリカ標準リズムは金属製のベルで表現され、クラーベは木製のクラベスで表現されることが多いが、その時同時に足踏みや手拍子でビートが刻まれており、それらは先頭の1拍目と4拍目できれいにシンクロする。
一説によれば、クラーベはキューバに入植したスペイン人が、アフリカの標準リズムに出会ってそれを再解釈したものである、という(民族音楽学者ゲルハルト・クービックの説≪『アフリカ音楽の正体』)。
少し余談になるが、筆者が本書でこのAパターンを見た時、直ちにEW&Fのライブでのアル・マッケイのギター・カッティングを思い出した。一番下の足拍子をドラムのキックでパターンCをギターのカッティングと捉えて、全体をシャッフルの曲だと思えば近い感じが掴みやすいかもしれない。「タイムラインパターン」は拍子を取りながら全体をリードするようなものと考えていいと思う。
ところで、『アフリカ音楽の正体』の別のところで紹介されているのだが、西洋音楽において1拍目は(タクトを)振り下ろす=ダウンビートだが、アフリカの人たちがヨーロッパスタイルの音楽を演奏する時の1拍目は明らかに異なっており、逆にアップ(ジャンプ)するように(タクトを)振り上げて表現されることが多いという。強いて言えば1拍目がアップビートなのだそうだ。(民族音楽研究者ジョン・ブラッキングの指摘による~『アフリカ音楽の正体』)
1拍目がアップならばそれが最終的に落ちてリリースされるのは明らかに4拍目で、アフリカ標準リズムにせよクラーベにせよ4拍目は明白に「落ちる」ニュアンスとなる。
ジャズ系のドラム講師の人たちがよく口にする説明で「リズムはテンション(緊張)とリリース(弛緩)によって表現される」というのがある。スウィングのビッグフォー(Big4)などと呼ばれるようだが、スウィングの4拍目はあきらかに(テンションの)リリースになっており、そこを意識するときれいにスイングできるのだという。では、それを援用するならアフリカ標準リズム(≒クラーベ)は1拍目で上に跳ね上がったテンションが4拍目でポケットに落ちる、と解釈していいのではないか。つまり先に挙げたリズムパターンの4拍目におけるシンクロは、アンサンブルにおけるポケットに他ならない、と思われる。結局、各パートが4拍目のポケットを狙って演奏していけば、アンサンブルは必然的にバックビートになると思うのだ。
音楽人類学
音楽人類学という研究分野がある。かつての比較音楽学や民族音楽学を引き継ぐ形で出てきたジャンルだが、比較音楽学が西ヨーロッパ視点に拘泥しすぎていたことへの反省もあって、音楽を特定の社会・文化的な背景とともに研究する、という姿勢を持っている。
音楽人類学ではフィールドワークを大変重視する。例えば、アフリカ音楽を研究する場合にも、研究者自身が西ヨーロッパ音楽(=クラシック音楽)の教育を受けて育っている以上、耳も感性も西ヨーロッパ音楽を離れることは難しい。そこで、アフリカ音楽を研究するにあたっては、実際に研究対象のアフリカの地へ渡り、そこで現地の演奏家から直接指導を受け、現地の音楽を演奏・合奏できるレベルまでトレーニングを行うことを研究の前提条件とするらしい。
逆に言えば、西ヨーロッパ音楽に慣れ親しんだ研究者がいくらアフリカの音楽を研究したところで、それを理解することも分析することもできるはずがない、ということだ。
そして『アフリカ音楽の正体』の著者である塚田健一氏も、実際にアフリカに渡り現地の人の教えを直接受け、現地の太鼓アンサンブルのリズムを体得するところから出発している。
『アフリカ音楽の正体』
塚田健一氏の『アフリカ音楽の正体』から一部を紹介した。リズムの話ばかりになってしまったが、実はこの著作で取り上げられているのはリズムだけにとどまらない。アフリカ音楽でリズムに関心がいくことはやむを得ないが、あまり知られていないとはいえ、アフリカ音楽はそのメロディやハーモニーにも大きな魅力があり、本書ではそれら(メロディ・ハーモニー)についても詳細な研究成果が披露されていて興味がつきない。
さらに本書では最終章を「実践編」と銘打って、アフリカの太鼓の叩き方を音源付きのレッスンとして掲載している。目次だけ眺めるとこの実践編はおまけのように付け足されて見えるが、実はこの章、おまけどころか実は本題であるようにもとれる。
著者はアフリカの音楽を理解するに際して「理屈だけでは全く不十分だ」という言い方をしている。しかも、アフリカのリズムを理解したいのであれば、机を手で叩くのでいいから実際にやってみろと、しかもできれば誰かを連れてきて一緒に合奏してみろ、というのだ。
やってみると、これが結構難しい。最初のレッスンで出てくる最もシンプルなパターンは3連系のパートを組み合わせるものとなっていて、強いて言えばブルースのギターによる低音バッキングのようなパターンなのだが、各パターンは極めてシンプルなのにそれをつづれ織りのように組み合わせるアンサンブルが難しいのだ。メトロノームを3連の2個目や3個目に当てて合わせる練習に似ている。要するに各パートを叩くのは比較的簡単だが、それをつづれ織りに合わすのがとても難しい。
しかし、苦労してでも実際に実践してみると、アフリカのリズムのその片鱗を少しだけ理解できたような気にさせてくれる。興味がわいた方は是非本書を手に取ってみていただきたい。
