もっとも素朴なポリリズムとバックビート

アップ・ダウンビートの反転、あるいはバックビートのルーツ

ジョン・ブラッキングというイギリスの音楽研究者がいる。 John Anthony Randoll Blacking (22 October 1928 – 24 January 1990)。

イギリスの民族音楽学者で社会人類学者。人類学者にしてピアニストという面白いキャリアを持っている。そしてこの人、アフリカ音楽研究の学会界隈では、世界的権威として知られているのだそうだ。ブラッキングはそのアフリカにおけるフィールドワークの結果から得た知見の一つとして、、ジンバブエで行われた芸術祭(アイステッドフォッド)において、ヨーロッパの曲を合唱する際に多くのアフリカ人の指揮者がダウンビートとアップビートを反転させている、という指摘をしている。

どういうことか。

西洋音楽におけるダウンビートの一般的な定義は、小節をまたいだ最初の音(=1拍目)=強拍のことをいう。4拍子なら1拍と3拍が強拍となる(我々日本人も学校の音楽の時間にそのように教わる)。ところがこの一般論は、アフリカの人たちには通用しないらしい。例えばアフリカ人の指揮者は西洋音楽の曲において2拍・4拍を強拍と感じて、実際そのように振るらしいのだ。これは、彼らアフリカ人の音楽が常にアップビート(=2拍・4拍)を強拍としている、ということではない。アフリカの人たちが「西欧の音楽」を演奏したり歌ったりすると、アップビート(=2拍・4拍)を強拍にしたくなってしまう(強拍に感じてしまう)、ということだ。

ジャズやブルースから派生する20世紀のアメリカ音楽において、その顕著な特徴として「バックビート」が知られているが、その根拠がアフリカまで辿れることは疑いがない。

ポリリズム

そもそもアフリカ大陸は広大で、1000を超すとも言われる多くの部族からなり、従ってその音楽のスタイルも極めて多彩だ。

にもかかわらず、多様なアフリカ音楽を横断した共通の特徴がある、というのがアフリカ音楽研究の知見となっているそうだ。例えばアフリカ音楽では、小節を2分割したパターンと3分割したパターンが絡み合い、それらが複合したものが一つのパターンとして、しかもベーシックなパターンとして機能している。このベーシックなリズムパターンが、広いアフリカ大陸の中でも、西海岸を中心にしてサハラ以南広域に広がっているらしい。

このベーシックリズムパターン、西洋音楽の感覚で言えば「ポリリズム」と捉えることが可能なのだが、西洋の感覚で捉えると【合成した】変則的なリズムパターンが、アフリカにおいては特殊どころか最も基本的なリズムパターンなのだそうだ。そしてアフリカの人たちはどうやら、このリズムパターンを2系統のリズムの「合成」とは認識しておらず、あくまで最もベーシックな【ひとつの】一体化したパターンとして感じているのだ。

西洋音楽に慣れ親しんだ耳からすると、アフリカの基本リズムは、「理解できないほど複雑」「ズレている」、下手をすると「全くのでたらめ」に聞こえてしまう。しかし耳を凝らして体で感じてみるなら、それは意外にもシンプルなパターンの繰り返しであることを体感するのはそれほど難しいことではない。そして、この基本リズムパターンは大西洋を渡って、ラテン音楽を経由し、北米のジャズ・ブルース・ロックの「バックビート」として世界へ広がったわけなのだ。

アフリカのポリリズム~アフリカのヘミオラ

下に掲げた楽譜は、南部アフリカのザンビアに住むルヴァレと呼ばれる部族のイニシエーション儀礼で少年たちに歌われる「日の入りの歌」だ。塚田健一著『アフリカ音楽の正体』から拝借した。

著者によればこの歌は、アフリカのポリリズムの特徴をシンプルに的確に表すものだ、という。8分の6拍子と4分の3拍子を交互に繰り返すヘミオラともとれるし、手拍子の2拍と歌の3拍が重なった2拍3連ともとれないことはない。

いずれにせよ、見ての通り複雑さとは縁遠く素朴でシンプルなもので、これをポリリズムなどと呼ぶのは大袈裟にも感じる。しかしながらこのシンプルなリズムパターン、西洋のものと異質なのは明らかで、なおかつ、これが現代アメリカの黒人音楽グルーブのルーツにあたる、と言われれば、ほぼ素直に納得できると感じるのは私だけはないと思う。


アフリカ音楽の正体 [ 塚田 健一 ]

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