春の嵐

 3月28日に坂本龍一氏の訃報を聞いた。闘病中という情報はずいぶん前から流れていたので、驚きこそなかったが、一月から高橋幸宏氏、ジェフ・ベックと訃報が相次いだこともあって、余計にさみしく感じたのは私だけではないと思う。

 坂本龍一氏は大貫妙子とたくさんの仕事をしてきたが、その中で1985年にリリースされた大貫のアルバム「コパン」に収められた「春の嵐」という曲がある。私は、この季節にこの曲を聴くと、歳のせいで緩くなった涙腺がもたなくなる。

耳を打つ静けさと夜の抜殻に抱かれ

ただ待つだけの勇気も夢も春の嵐に怯えて消える

詞:大貫妙子

 嵐に怯えて消えてしまいそうな儚い思いを美しい弦がなぞっていく、という曲なのだが、坂本龍一の訃報が重なった今年は、この曲の切ない気分に終わりが見つからない。

 春というのは若い世代にとっては最も希望に満ちた季節であるけれども、歳をとってくると懐かしさが混じりつつも切ない気分になってしまうことが多くなった。

 私にはとても懐かしい曲なのだが、クレジットを改めて調べてみた。

Synthesizer: 坂本龍一
Acoustic Piano: Don Grolnick
Bass: Will Lee
Drums: Omar Hakim
Concert Master: Gene Orloff

copine – Wikipedia

 1985年のニューヨーク録音で今更ながらこの豪華なメンバー。思えばこの頃の日本はまさに飽食の限りをつくすバブルへと一気に進んでいる頃で、坂本龍一はその時代の寵児であった。

 ベースのウィル・リー、ドラムのオマー・ハキムというリズムセクションは「豪華メンバーの無駄遣い」と言ってしまっては言い過ぎだろうか。因みにドラムと言ってもシンバルワークのみである。しかし、この時代は国中の全てが「無駄遣い」に溢れかえっており、音楽も例外ではなかった。

 ちょうどLPレコードがCDに急速に移行しつつある時期でもあって、過去の名盤がCDで次々に再発売され、音楽シーン全体がいったんリセットされたようだった。

大貫妙子 コパン

アナログからデジタルへの移行は、CDメディアだけの話ではなく、楽器も録音技術も、音楽の制作技術全体がデジタルへ向かって急激に変化した時期であった。アルバム”コパン”の冒頭、これもやはり坂本龍一アレンジによる”タンタンの冒険”を聴くとまさに、デジタルによる進化を満喫しようとするようなこの時代の音になっている。

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