ジョン・メイオール~ブリティッシュ・ブルースのもう一人の父とエリック・クラプトン

前回の記事でブリティッシュ・ブルースの父と呼ばれるアレクシス・コーナーを取り上げたが、同時代のイギリスのブルース界にはもう一人の重要人物がいる。ジョン・メイオール(John Mayall、1933年11月29日 – )である。こちらはブリティシュ・ブルースの「ゴッドファーザー」とも呼ばれている。この人もまた先輩格であるコーナーと同様に多くの若手ミュージシャンをブルースへと誘い、「メイオール・スクール」と呼ばれた彼の元から後のブリティシュ・ブルースを担うミュージシャンを多く輩出した。その中で最も有名なのはエリック・クラプトンだろう。

ジョン・メイオールのバイオグラフィ

ジョン・メイオールはイングランドのチェシャーで1933年に生まれた。父親のマレーはジャズとブルースのレコードコレクターでギタリストだった。朝鮮戦争で従軍した後、マンチェスター・カレッジ・オブ・アートを卒業してアート・デザイナーとして仕事をしていたが、友人であり師でもあったアレクシス・コーナーの影響でロンドンへ移住してミュージシャンとしてのキャリアを歩むことになった。

マーキーを始めとするクラブで活動を始め次第にファンを増やしていき、1964年には『ブルース・ブレイカーズ」としてデビューシングル『Crawling Up a Hill』をリリースした。さらに1965年にはデッカと契約してデビューアルバム『John Mayall Plays John Mayall』をリリースした。

そして1966年に『Blues Breakers with Eric Clapton』をリリースする。


ジョン・メイオール&ザ・ブルースブレイカーズ・ウィズ・エリック・クラプトン [ ジョン・メイオール&ザ・ブルースブレイカーズ with エリック・クラプトン ]

『ジョン・メイオール&ザ・ブルースブレイカース・ウィズ・エリック・クラプトン』(1966年)は名盤として知られている。この1枚でジョン・メイオールとエリック・クラプトンは広く名を知られることになった。

メイオールと彼のバンドは「ギタリストの研究室」とも呼ばれており、エリック・クラプトンの他にもピーター・グリーン、ミック・テイラーといったギタリストを輩出している。さらには、ベーシストのジャック・ブルースとジョン・マクヴィ、ドラマーのミック・フリートウッドとアインズリー・ダンバーなど多くのミュージシャンが彼のバンドに参加した後ブリティッシュ・ブルースの歴史を作っていった。

66年の『ザ・ブルースブレイカース・ウィズ・エリック・クラプトン』は全英チャートで6位を記録し、その後のアルバムも立て続けにチャート上位に名を連ねた。

1966 : Blues Breakers with Eric Clapton UK # 6
1967 : A Hard Road UK # 10 (Peter Green)
1967 : Crusade UK # 8 (Mick Taylor)
1968 : Bare Wires UK # 3 (Mick Taylor)
1970 : Empty Rooms UK # 9 / US # 33 (Jon Mark)

このようにして、メイオールとブルース・ブレイカーズは「ブルース・ロック」というスタイルを確立し、さらに「ブリティッシュ・ブルース」というジャンルの確立に一役買うことになった。

この後もブルース・ブレイカーズは断続的ではあったが活動を続け、アルバムをリリースして50を超えるツアーをこなした後2008年に解散するが、メイオールはその後もマイペースで音楽活動を継続しており、2023年の1月には、アルバム『The Sun Is Shining Down』をリリースしている。因みにメイオールは2023年の時点で90歳!を迎える。

エリック・クラプトンとマーシャル1962 コンボ

『ザ・ブルースブレイカーズ・ウィズ・エリック・クラプトン』(1966年)をレコーディングした時、クラプトンは19歳だった。そう考えると、このアルバムのクラプトンの演奏の安定感とスタイルの完成度は驚異的だったと言える。”Clapton is God”というロンドン市内のスプレーペイント(落書き)は調度この頃に描かれ、若干19歳のギタリストのカリスマ性をよく表している。そしてさらに革新的だったのがこのアルバムにおけるギターサウンドだ。

クラプトンは、ブルースブレイカーズのレコーディングに際して、当時のロンドンで新興のギターアンプメーカーだった「Marshall Amplification」のジム・マーシャルにカスタムオーダーして新しいアンプをビルドした。これが”Marshall 1962″と呼ばれるコンボアンプだ。クラプトンはブルース・ブレイカーズのアルバム・レコーディングで1960年製のレスポール・スタンダードとこのコンボアンプ”Marshall 1962″を全面的に使用した。スタジオではこのアンプをほぼフルボリュームにして、パワフルなサウンドを得ていたらしい。さらには、パワーと歪みが足りなくてDallas / Rangemaster Treble Booster(トレブル・ブースター)を使ったという説もある。この組み合わせによる太い腰がありながらエッジの立った官能的なサウンドは、彼のテクニックや手癖のニュアンスと相まって革新的かつ衝撃的であり、後に続くロック・ギタリスト達に恐らく絶大な影響を与えることになった。ロックのギターサウンドのイメージをほぼ決定づけた、と言ってもよい。あるいは「ハードロック」という新しいスタイルのギターサウンドが誕生した、と考えてもいいかもしれない。(因みにMarshall 1962アンプは、クラプトンがブルースブレイカーズのレコーディングに使用したことが広く知られることになり、後に「Bluesbraker」の愛称で呼ばれることになった。)

例えばアルバム冒頭の「All Your Love」を聴いてみると、ギタープレイの基本はオーティス・ラッシュのオリジナルを意外なほど忠実になぞっている。しかしギターのサウンドがこの曲を全く異次元のものにしているのがわかる。オーティス・ラッシュやバディ・ガイなどギターを前面に押し出したシカゴブルースを引き継ぎながら、クラプトンのプレイはブルースギターを別次元の「ブルースロックギター」まで持って行ったのだと言える。

このアルバムから間違いなく大きな衝撃を受けたであろう当時のギタリストを一人だけ挙げるなら、ジミ・ヘンドリックスをおいて他にない。ヘンドリックスがロンドンに在住していたアパートのレコード・コレクションには『ザ・ブルースブレイカーズ・ウィズ・エリック・クラプトン』が入っており、それはおそらく愛聴されてヘンドリックスに大きな影響を与えたに違いない。結局、この二人、クラプトンとヘンドリックスがブルース・ロックの歴史を切り拓いた、ということに異論を唱える人はいないと思う。

アレクシス・コーナー、ジョン・メイオールとエリック・クラプトン

前回紹介したアレクシス・コーナーと今回のジョン・メイオール。二人のブリティッシュ・ブルースの父とその周辺を音楽ルーツグラフで辿ってみていただきたい。

music roots graph

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