Electric Mud/マディ・ウォーターズ、ピート・コージー、ジミ・ヘンドリックス

 Muddy Watersのアルバム”Electric Mad”を巡って、ジミ・ヘンドリックスとギタリスト、ピート・コージーの話です。

 『Electric Mad』は1968年にチェス・レコードからリリースされ、セールス的にはかなりの成功を納めましたが、賛否両論を巻き起こしました。賛成の側ではシカゴブルースの大物が当時の新しいスタイル=ブルース・ロックに果敢に挑戦して圧倒的な存在感を見せたことを讃えました。方やそれを否定する側では、売れ線を狙うために所謂「魂を売った」的な批判がなされました。あるいはマディ・ウォーターズともあろうものが、売れたいためだけにジミ・ヘンドリックスやクリームの真似をすることはないだろうという類のどちらかと言えば「嘆き」に近い批判のようでした。

 実際にアルバムを聴いてみれば、これがどういうアルバムであるのか一発で理解できます。60年代末という時代を象徴するかのようなブルース・ロックアルバムです。ただし、歌っているのはマディ・ウォーターズです。マディ・ウォーターズは、スタイルを逆輸入する形でとんでもない存在感を放っています。おそらくブルースリスナーはかなり戸惑ったでしょうが、若いロックファン達はごく自然に受け入れたのではないかと想像できます。

 さて、このElectric Madのアルバムでジミ・ヘンドリックスばりのギターを弾いているのがピート・コージーというギタリストです。このギタリストはその後マイルス・デイヴスのバンドに参加して『On The Corner』、『Miles Davis in Concert』、『Get Up With It』などのアルバムに参加。さらに来日もしていてその時の模様が『Agharta』、『Pangea』とういライブアルバムに収められているのでご存じの方も多いでしょう。

 『Electric Mad』でのコージーの「ヘンドリックス・スタイル」はちょっとヨレヨレですが、『Agharta』、『Pangea』でのそれはまさに鬼気迫るものがあります。歪み用のペダル(たぶんファズ)とワウペダルを駆使したブルース・ロックスタイルのギターは誰か聴いてもジミ・ヘンドリックスを髣髴とするでしょう。

 この時代のマイルス・デイヴィスからギタリストへのオーダーは、「ジミのようにプレイしろ」であったことはかなり有名で、それはマイルス自身のインタビューから明らかです。このように書くと『Agharta』におけるピート・コージーもジミ・ヘンドリックスを模倣したように聞こえてしまいますが、実は、模倣したのはむしろジミ・ヘンドリックスの方である可能性があるのです。

 というのは、マイルス・デイヴィスの来日時のインタビューによると、ヘンドリックスはまだ無名の時代にピート・コージーを追いかけまわしてコージーのプレイを研究していた、というのです。コージー自身のインタビューでもヘンドリックスがライブに来ていたことに言及こそしていますが、はっきりしたことは覚えていないようでした。

 さらにもう一つ特筆すべきは、このアルバム”Electric Mad”をジミ・ヘンドリックスは愛聴しており、「自分が追いかけてきたマディ・ウォーターズが今度は自分を追いかけてきたこと」に驚いた、という意味の発言をしています。さらにヘンドリックスは、このアルバム中の”Herbert Harper’s Free Press News”をいう曲を特に気に入り本番前の楽屋でいつも聴いていた、という証言もあります。要するにヘンドリックスはコージーのプレイを相当に聴きこんでいる可能性が高いのです。

www.nme.com/blogs/nme-blogs/jimi-hendrix-record-collection-2281529

 このヘンドリックスとコージーの関係、あちこちを調べてみましたがこれ以上の情報はとりあえず見つかりませんでしたが、私は次のように考えています。

 ヘンドリックスはコージーから強くインスパイアされて自分のスタイルを作り上げた。後になってマイルス・デイヴィスのバンドに参加したコージーは、マイルスから「ジミのようにプレイする」ことをオーダーされるが、実は彼は普通に自分のスタイルを弾いており強いてヘンドリックスを模倣することはしていない。とはいえ既に世界的に知られていたジミ・ヘンドリックスのスタイルはコージーのプレイにも少なからず影響を与えている。結局彼らは相互に強くインスパイアしあっていた、と、そういうことなのではないか・・・。

これはあくまで私の個人的憶測で、後はピート・コージーについて補足の情報を添えておきます。

Peter Palus Cosey (October 9, 1943 – May 30, 2012)

マイルス・デイヴィスのバンドに1973年から1975年まで在籍。参加したアルバムは、

  • Get Up with It (1974),
  • Agharta (1975),
  • Pangaea (1976),
  • Dark Magus (1977) ,
  • The Complete On the Corner Sessions (2007).

ソロアルバムはない。

60年代にはチェス・レコードのセッションギタリストとして活動、先のマディ・ウォーターズの他、エタ・ジェイムスやハウリン・ウルフのアルバムにも参加しています。シカゴを中心として活動しており、フリージャズ系のミュージシャン達が結成しているAACM (Association for the Advancement of Creative Musicians、創造的ミュージシャンの進歩のための協会)のメンバーになっています。さらに、アース、ウィンド&ファイアの前身となるグループ“ファラオ”に初期メンバーとして加わり、その時のドラマーだったモーリス・ホワイトと一緒にプレイしていました。

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